金正恩の性格は2ちゃんねるの固定ハンドルそのもの。

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2ちゃんねるで一度煽りあいになったら中々降りれない。
降りたら相手に勝利宣言をされてしまうのは明白でありそれが許せるような人間は大抵の場合2ちゃんねるで煽りあいなんてしない。
金正恩の性格は2ちゃんねるの住人のテンプレートを素で言っている。
他国のトップと外交もしたことがない頭でっかちな人間。
頭でっかちでありながら外に出ていないから自分の敗北を認めない人間。

確かにそう言う人間はネットでも強い。
圧倒的に勝ちを譲らなければ大抵の場合相手は根負けして道を譲る。
大抵はそうだった。
しかし仮に場所が2ちゃんねるならドナルド・トランプと言う固定ハンドルは全く道を譲ろうとはしなかった。



ドナルド・トランプ金正恩と言う固定ハンドルは同じ板にいた。
そうなると、対立はいつか起きる事になる。
だって似たもの同士互いに自我を強く持つ二人だ。
第一印象はそれでも和やかな者だったドナルド・トランプは言う。
「(金正恩は)『頭がおかしい』か、そうでなければ『天才』だ」。

金正恩だってはじめはこんな色物の固定ハンドルに真っ青になるような状況に追い詰められるとは思ってはいなかっただろう。
しかし金正恩は後にトランプを怒らせる。



2ちゃんねるによくある光景だ。
互いに自分達の身分に探りを入れる、どちらかが相手が嘘をついていないことが分かって真っ青になる。
現実ならここで終わりだ。

2ちゃんねるなんて画面を閉じてしまえばやがては意地の張り合いも忘れてしまう。
しかし金正恩にとっては2ちゃんねるの意地の張り合いが現実であり人生でもある。
金正恩の心はまるで匿名掲示板の中にある。
今更意地を張るのを辞めれる訳がない。
皆が金正恩を見ている今更省みることはできない。

しかし金正恩には意地はあっても覚悟はない。
今まで他国のトップと一度も外交をしたことがない人間が今の状況をリアルに認識できるはずがない。

【地頭×知的好奇心=推理力】カズレーザーの頭の良さの正体。

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メイプル超合金のカズレーザと言う芸人は同志社大学卒業であり確かに高学歴だ。
しかし彼のクイズの正解率は東京大学堀江貴文を悔しがらせ、京都大学の宇治原にカズレーザーに(クイズの)年間成績で負けた場合は「『Qさま!!』を引退する」とまで宣言させた。
格上の学歴に意識される彼の頭の良さの正体は一体どこにあるのか?
その答えは彼の二面性にあると私は思う。

勿論二面性だけあってもダメだ。しかし彼には関関同立に合格できるだけの座学の基礎がある。
そして一番人目を惹くのは彼の二面性はどちらも嘘偽りではないと言う事だ。
カズレーザはいわゆるどのようなタイプとも楽しくお喋りができる。
いわゆるオタクやDQN共だ。
普通の人ならどちらかと話している時は無理をしている可能性が高いが、カズレーザはどちらも恐らく本当の顔だ。
二面性のある人格がどちらも嘘ではなく一人の人間として成立している。
こう言う事は私は珍らしいと思う。

勿論デメリットもある、カズレーザは国立大学を目指していたが合格に至っていないが、恐らくは二面性のある性格のせいだ。
完全に私の偏見だがマーチ・関関同立を偏差値で抜け出すには地頭の良さ以上に絶対に受かるべきであると言う激しい思い込みが必要になる。
多様な価値観と言えば聞こえは良いが、DQNともオタクとも恐らくは仲良くできるカズレーザの二面性。
関関同立を抜け出すには気が散ったのだろう。

それに加えてカズレーザは銀行の内定を蹴って、芸人になった男。
学歴にだけ気を向けるには自分の中にファンタジーが多すぎる。
しかし彼の二面性は学歴をとる際には多少のデメリットになってもクイズの世界では強かった。



タレントの伊集院光もクイズタレントのような見方をされるが、彼は製薬会社の父親から産まれた頭の良い家の息子ではあっても最後に通った高校も高学歴とは全く言えないような高校しか卒業はしてはいない。
彼は抜群の雑食な知識と人間の裏を見る推理力で正解を導き出すがそれは座学の基礎が出来てはいない人間。
高学歴には正解率で追い付けない。

クイズの推理力についてはカズレーザは完全に伊集院光の上位交換だ。
彼は座学の頭の良さも、DQN的な運動神経に関係する頭の良さも持ち合わせており、加えてあらゆる人間と下記寝なく人間関係を築ける。
彼の頭の中には様々な知識が溢れていて、溢れていても瞬時に思い出せないのでは意味がない。
しかしDQN的な運動神経はまるでスポーツのように適切な場所で知識を瞬時に引き出す。

分からない問題に対しては伊集院が知識×疑り深さ×想像力で対処するのに対して、カズレーザーは自分の中にいるDQNとオタクが瞬時に話し合いを始める。
完全に偏見だが世の中には突き詰めるとオタクとDQNしかいない。
彼等が話し合えばほとんどの問題に恐らく予測はつく。
知識と言うのは適切に結び付けばまるで答えが見えるのが当たり前のようにあっという間に正解にたどり着くんだ。

ZEEBRAとKJに見る額面通りではないディスの様々な側面。

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ZEEBRAは自分より売れた後輩のDragon AshのKJを公開処刑の音源で潰した。
KJの方が才能があったから売れたのか、KJはセルアウト(自分の楽曲を商業的に売り出すこと)だから売れて当然だったのか、ではZEEBRAは敢えてセルアウトしないのか、セルアウト出来なかったのか。
ZEEBRAキングギドラ公開処刑の音源を出した過程には両者の色々な言い分があり、どちらが正しいとは一概には言えない。
しかしZEEBRAは今やテレビに出演しアメーバTVでフリースタイルダンジョンを企画して元気にやっている。
″まるでモノマネ歌合戦″はどちらだ。
仮にZEEBRAがKJの才能に嫉妬したならモノマネ芸人に自分より先に夢に到達されては格好がつかない。

公開処刑で共ににディスされたKICK THE CAN CREWKREVAは一線で過去ほどの勢いはなくても未だにファンを魅了している。
話は変わるが元祖ユウチュウバーと言われながら勢いをなくしたメグウィンは一時期ユウチュウバーの学校を作りたいと言っていた。
現役で活躍できないなら大物ポジションで居座るしかない。
KREVAは才能があるから一線にいるままだ。
KJは指摘されてから、路線を変更した。
ヒップホップの世界でのディスは妬み嫉み同族嫌悪で満ちているから額面通りに受け取ってはいけない。



余談だが過去にZEEBRAをディスていた般若とZEEBRAは今じゃ親しい間柄だ。
ディスは愛情表現、ディスは妬み嫉妬・同族嫌悪の延長戦。
あるいは本当はお前みたいになりたいと言う隠れメッセージ。
少なからずの正しい指摘。
公開処刑の後、ZEEBRAはKJに対して自分で突き放しておきながら距離をつめるような面倒臭い発言をするのだが、それもディスの持つ面倒臭さである。

2008年、ZEEBRAが20周年を迎え、武道館で大規模LIVEを行う。さらに、ZEEBRAの歴史を振り返った書籍「ZEEBRA 自伝 HIP HOP LOVE」が発売される。この自伝には、「公開処刑の真相」も明らかにされており、Kjに対する思いが書かれている。その一部内容について見てみると、公開処刑後に出したDragon Ashの曲は、オリジナリティーがあって良いなどと述べており、もう既に、わだかまりはないとのこと。20周年を節目に、和解したいと語っていた。ただし、和解に対しては、Kj次第でもあるので、難しいようだ。ZEEBRAによれば、2002年から6年間以上、Kjと会ってもいないし、連絡もしてないらしい。一方、Kjも雑誌のインタビューで「Grateful Days」について、久々に語った。「正直やんなきゃよかった」というコメントをしている。今後、Kjが「Grateful Days」をLIVEなどで歌う可能性は極めて低いのだろう。
キングギドラ【ZEEBRA】がDragon Ash【KJ】に一方的なDISった件


ディスって置きながらそれが縁で引き下がられるのも嫌。
仲良くしたいのか、嫌いなのか、指摘したいのか、嫉妬なのか、潰したいのか、ラップ業界は男社会なのでそういう面倒臭さがある。

少なからずそういうのが嫌で離れた人たちもいるだろう。
セルアウトした人間もいるだろう。
それが自分が都合の良い時だけ名前を出して自分の縁に戻そうとする。
アンダーグラウンドに近いラップってそんな感じで、閉鎖的な田舎のような独特の腐った感性がある。

アフィリエイトを職業にしたいと語る3パターン

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①何となく今の仕事が辛いようなニュアンスを示しつつ、いつかは仕事を辞めてアフィリエイトで食っていくような展望を示しつつ結局は仕事を辞めない系(何だかんだで社会に食い込める自分を誇示してプライドを守る為にアフィリエイトの話をしているようにも見える) 

②全治全能系(現状がどうであれ、何となく全治全能感、悪い言い方をすれば中二病が治っていないタイプ。) 

③本当に成功する系

アフィリエイトを職業にしたいと語るのは私の独断で上の3つだがとにかくアフィリエイトに過剰な夢を持つタイプとは心情的にあわない。 
確かに銭は欲しいが個人の手まで渡ってきたこの広告収入には労働基準法が成立しないし、仮に不誠実な行いをされてもよっぽど団結して裁判に持ち込まない限り一個人じゃ勝てないし割にもあわないだろう。 

いつ基準が変更になり、もしくは広告主として相応しくないと判断されて食えなくなるかも分からない。 
アフィリエイトの世界は国が最適賃金や労働基準法を定めているようなある程度守られた空間ではなくデジタル上のお上はもっと軽薄に私達を扱う。

だってそうだろう。 
ネット上の私達は現実よりずっと信用できないし、だからネット上のお金の話は現実よりももっと胡散臭く、ネット上の金を扱う代表格のようなお上が軽薄な存在であっても何も可笑しくはない。

クラスカーストから転落する人間の特徴とリア充という天上人について。

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人間集団の中での大義とは感情をシェアするという事だ。
感情をシェアした人間は大義を得たと思い込み活発に活動を開始する。
感情をシェアする前の人間というのは大抵の場合、自分の心を取り繕いながら少なからず隠そうとするものだ。
しかし一度大義を得たとなるとそうはいかない。

例えば人を嫌うという感情についてもそうだ。
人間集団の中で自分1人だけが(誰かを)嫌っているかもしれない場合大抵は大人しくしているのだが、しかし感情のシェアが行われるとそうはいかない。
大義を得てしまう。



話は少し変わるが例えば夏休み明けにクラスカーストから転落しているような人間というのは、大抵の場合感情をシェアされている。
今までは″攻撃は最大の防御なり″とばかりにクラスカーストの上位にしつこいぐらいに(張り付き)話しかけて、しつこいぐらいに下位を積極的に牽制して、あくまで上位に密着することで、陰口を言わせるタイミングすら見失わせていた。
これはどんなに嫌われていようと、感情のシェアが行き渡らなければ、大事には至らないという典型的な例だが、大抵密着が薄くなる夏休みの最中に綻びが出始める。
誰かが1人(彼のいない所で)不満を口にすれば今まで我慢していた分一気に感情は爆発してより一層強い大義になってしまう。

するとどうなるかというと一番悲惨な目にあう。
勿論今までいたクラスカーストー上位には居場所はなくなり、今までしつこいぐらい自分の地位を見せつけて牽制していたクラスカーストー下位からは蔑まれる。
まさに四面楚歌だ。
話は少し変わるが、一見人当たりが良いのに仕事を頻繁に変えているような人間は、少しこのタイプの疑いがある。



やはり私が言いたいのは人間は感情をシェアする事で大義を得て活発化するので、決して自分に不利益な情報はシェアさせてはいけないという事だ。
その感情をシェアさせないのが難しいのだが、シェアさえさせなければ人間は多少は大人しくしている。

文章の中程でクラスカーストーから転落する人間の特徴について書いたが、あそこで書いたように人に積極的に喋りかけるという行為は″攻撃は最大の防御なり″を地でいくコミュニケーションだ。
しかし″攻撃は最大の防御なり″という考え方はどちらかというと短期決戦型で、百発百中の人間でもない限り、″下手な鉄砲数撃てば当たる″の精神で撃ていれば必ず撃ち間違えた弾がその人の評判を傷つけてしまう可能性になることは容易に想像がつく。

私が積極的に人に話しかけるのをためらうのはこの為だ。
言うなればクラスカーストから転落するような人間は大なり小なり皆キョロ充なのだと思うが、フェイクな癖に本当のリア充より過剰な手数を撃つから荒が目立つんだ(しかし過剰に本物の癖を真似るのは偽物の特権でもある)。
無闇に広くした顔とキャラクターは維持できなくなれば大抵酷い目にあう。
みのもんただって落ち目になった時は週刊紙がこぞって彼を特集し、固定資産税を含めたあらゆる資産を維持する為の銭が払えるのかと人々の物珍しい感心の種になった。
顔が広くなれば当然凋落した時に後ろ指さす人間の数も多くなる。

私の考え方では喋る事が攻撃なら黙っている事は防御だ。
しかし職人肌の人間の中には黙っていても何故か周囲に溶け込めている人間がおり、私が考えるのはリア充の顔である″喋る″という行為と同じぐらい″黙る″という行為にも偽物がやるには覚悟が必要なリア充の技術が絡んでくる。
結局下手が黙り続けていても、徐々に評判が悪くなり(対面を維持できる時間には違いは出てくるが)下手が喋り続けた場合と同じで結末はあまり変わりはしない。
リア充は大抵の場合一度は人間関係を心理学に頼ろうとするのだが、あんなものはリア充が知らず知らずのうちにやっている雰囲気そのものであり心理学等という学問で学ぼうとしている内は絶対に身につかない。

【独身者を障害者と同一視すると発表したWHOと発達障害】何故か広がる障害者の枠組みについて。

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例えば努力という言葉で解決したがる人間は多いし、努力や自己責任と言う文言とダメ人間は切っても切り離せない。

例えば堀江貴文の様な(常に他人に問いかけていないと不安でしょうがのない本当は自信がない)人間なら自己責任や努力を口にして世の中の反応を待つだろうが、堀江貴文よりもまだ上の権力層は自己責任どころか、障害という形でより多くの人間に″自己責任の持てない・努力では解決しない・動物と同じ枠組み″で話を進めようとしている気がしてならない。

権力者の思惑なしに仮に世間が動くとしても世界は今障害者の枠組みを増やそうとしているようにしか私には思えない。

最近はあの世界保健機関(WHO)は独り身の独身者を障害者と同一視すると発表した。

 

 

世界保健機関(WHO)は、独り身の人を障害者と同一視する。


未来では自由意思はある程度の試験をパスした人間しか持っていないものとされており、試験をパスできなかった人間はちょうど今の知的障害者と同じように法律によって保護される存在になっていてもなんら不思議ではない。



だから私は、私自身は恐らく発達障害者でありながら、発達障害を盾のように使う人をネットで見ると、民主党政権が差し迫っていた当時の落ち目の自民党に語りかけた東国原英男のような口調になり「保護を口にするなら、将来的に知的障害者と同じ扱いをされる覚悟はおありか?」と心の中で唱えてしまうんだ。
知的障害者はまだ良い、何故なら真に保護が必要なのだから。

しかし世界が、障害者の枠組みを独身者にまで広めているのを見て本当に何も思わないのだろうか?
本当に理解のある優しい世界が来ると思っているのだろうか?
私はそうは思わない。

何度も言うが私と同じような人達が急に新しい呼び名の障害者に任命されたのも、お前は21世紀の知的障害者枠だと言われたのと、あまり違いはないように思える。
そして私にとって知的障害者とはどのような人達かというと、あまりに劣っている為に自由意思の存在を亡きものにされた存在。家畜かどこかの天然記念物のように保護されている人達の事だ。

自由意思がないのは私の人生からも認めるが、他の諸君は本当に現在の知的障害者のように近い将来扱われる危険性がありながら発達障害者を名乗るのかをよく考えた方が良いと思う。

結局言いたいのは統合失調症を思わせる人のブログにありがちな「世界支配階級、ロスチャイルド、金融ユダヤの陰謀がついに始まってしまったようですね」なのだが、幾らなんでもWHO程の組織が独身者までも障害者と同一視すると言い始めたのは流石におかしい。

発達障害者という言葉が生まれて、障害者扱いをされて怒っている人よりも、むしろネットでは発達障害を免罪符にしたい人間の方が多いような気がするが、免罪符だけ貰える程世の中は容易いのか。

統合失調症を思わせる文章だがいずれ権力者層が新しい枠組みを作るために右往左往しているのとは違うのか。

トイレの神様ほど醜悪な感情を美談に歌え変えた歌も他にない。

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私はトイレの神様を、物心付き終えた娘が、物心付く前から関係を継続していた祖母に対して、気まずさと何より゛小さい頃の祖母゛という一番しっかりとしていた状態から少しずつボヤけてくる祖母の印象に耐えきれず関係を断ち、最後まで断ったままでは後味が悪いから見舞いに行った歌だと認識しているのだが、私はこの認識を間違っているとは思っていない。

むしろトイレの神様に歌われているストーリーは大多数が祖父母に対して、感じる通過儀礼のような感情で本当は綺麗な感情ではない。
そんな感情を美談にして歌ってよいのかという驚きは私には、強かったのだが、多くの人にとっては本当に美談だったのか、トイレの神様によって美談に書き換えられたのか。
あの歌に共感しているのは、祖父母をないがしろにしながら最後の見舞いにだけ行った人間か、多くの人が白だと言えば白だろうと信じる人間か、本当の祖父母思いの人間が何の疑いもなく純粋に゛祖父母との思い出を歌った歌゛として共感しているだけだ。