【独身者を障害者と同一視すると発表したWHOと発達障害】何故か広がる障害者の枠組みについて。

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例えば努力という言葉で解決したがる人間は多いし、努力や自己責任と言う文言とダメ人間は切っても切り離せない。

例えば堀江貴文の様な(常に他人に問いかけていないと不安でしょうがのない本当は自信がない)人間なら自己責任や努力を口にして世の中の反応を待つだろうが、堀江貴文よりもまだ上の権力層は自己責任どころか、障害という形でより多くの人間に″自己責任の持てない・努力では解決しない・動物と同じ枠組み″で話を進めようとしている気がしてならない。

権力者の思惑なしに仮に世間が動くとしても世界は今障害者の枠組みを増やそうとしているようにしか私には思えない。

最近はあの世界保健機関(WHO)は独り身の独身者を障害者と同一視すると発表した。

 

 

世界保健機関(WHO)は、独り身の人を障害者と同一視する。


未来では自由意思はある程度の試験をパスした人間しか持っていないものとされており、試験をパスできなかった人間はちょうど今の知的障害者と同じように法律によって保護される存在になっていてもなんら不思議ではない。



だから私は、私自身は恐らく発達障害者でありながら、発達障害を盾のように使う人をネットで見ると、民主党政権が差し迫っていた当時の落ち目の自民党に語りかけた東国原英男のような口調になり「保護を口にするなら、将来的に知的障害者と同じ扱いをされる覚悟はおありか?」と心の中で唱えてしまうんだ。
知的障害者はまだ良い、何故なら真に保護が必要なのだから。

しかし世界が、障害者の枠組みを独身者にまで広めているのを見て本当に何も思わないのだろうか?
本当に理解のある優しい世界が来ると思っているのだろうか?
私はそうは思わない。

何度も言うが私と同じような人達が急に新しい呼び名の障害者に任命されたのも、お前は21世紀の知的障害者枠だと言われたのと、あまり違いはないように思える。
そして私にとって知的障害者とはどのような人達かというと、あまりに劣っている為に自由意思の存在を亡きものにされた存在。家畜かどこかの天然記念物のように保護されている人達の事だ。

自由意思がないのは私の人生からも認めるが、他の諸君は本当に現在の知的障害者のように近い将来扱われる危険性がありながら発達障害者を名乗るのかをよく考えた方が良いと思う。

結局言いたいのは統合失調症を思わせる人のブログにありがちな「世界支配階級、ロスチャイルド、金融ユダヤの陰謀がついに始まってしまったようですね」なのだが、幾らなんでもWHO程の組織が独身者までも障害者と同一視すると言い始めたのは流石におかしい。

発達障害者という言葉が生まれて、障害者扱いをされて怒っている人よりも、むしろネットでは発達障害を免罪符にしたい人間の方が多いような気がするが、免罪符だけ貰える程世の中は容易いのか。

統合失調症を思わせる文章だがいずれ権力者層が新しい枠組みを作るために右往左往しているのとは違うのか。