ZEEBRAとKJに見る額面通りではないディスの様々な側面。

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ZEEBRAは自分より売れた後輩のDragon AshのKJを公開処刑の音源で潰した。
KJの方が才能があったから売れたのか、KJはセルアウト(自分の楽曲を商業的に売り出すこと)だから売れて当然だったのか、ではZEEBRAは敢えてセルアウトしないのか、セルアウト出来なかったのか。
ZEEBRAキングギドラ公開処刑の音源を出した過程には両者の色々な言い分があり、どちらが正しいとは一概には言えない。
しかしZEEBRAは今やテレビに出演しアメーバTVでフリースタイルダンジョンを企画して元気にやっている。
″まるでモノマネ歌合戦″はどちらだ。
仮にZEEBRAがKJの才能に嫉妬したならモノマネ芸人に自分より先に夢に到達されては格好がつかない。

公開処刑で共ににディスされたKICK THE CAN CREWKREVAは一線で過去ほどの勢いはなくても未だにファンを魅了している。
話は変わるが元祖ユウチュウバーと言われながら勢いをなくしたメグウィンは一時期ユウチュウバーの学校を作りたいと言っていた。
現役で活躍できないなら大物ポジションで居座るしかない。
KREVAは才能があるから一線にいるままだ。
KJは指摘されてから、路線を変更した。
ヒップホップの世界でのディスは妬み嫉み同族嫌悪で満ちているから額面通りに受け取ってはいけない。



余談だが過去にZEEBRAをディスていた般若とZEEBRAは今じゃ親しい間柄だ。
ディスは愛情表現、ディスは妬み嫉妬・同族嫌悪の延長戦。
あるいは本当はお前みたいになりたいと言う隠れメッセージ。
少なからずの正しい指摘。
公開処刑の後、ZEEBRAはKJに対して自分で突き放しておきながら距離をつめるような面倒臭い発言をするのだが、それもディスの持つ面倒臭さである。

2008年、ZEEBRAが20周年を迎え、武道館で大規模LIVEを行う。さらに、ZEEBRAの歴史を振り返った書籍「ZEEBRA 自伝 HIP HOP LOVE」が発売される。この自伝には、「公開処刑の真相」も明らかにされており、Kjに対する思いが書かれている。その一部内容について見てみると、公開処刑後に出したDragon Ashの曲は、オリジナリティーがあって良いなどと述べており、もう既に、わだかまりはないとのこと。20周年を節目に、和解したいと語っていた。ただし、和解に対しては、Kj次第でもあるので、難しいようだ。ZEEBRAによれば、2002年から6年間以上、Kjと会ってもいないし、連絡もしてないらしい。一方、Kjも雑誌のインタビューで「Grateful Days」について、久々に語った。「正直やんなきゃよかった」というコメントをしている。今後、Kjが「Grateful Days」をLIVEなどで歌う可能性は極めて低いのだろう。
キングギドラ【ZEEBRA】がDragon Ash【KJ】に一方的なDISった件


ディスって置きながらそれが縁で引き下がられるのも嫌。
仲良くしたいのか、嫌いなのか、指摘したいのか、嫉妬なのか、潰したいのか、ラップ業界は男社会なのでそういう面倒臭さがある。

少なからずそういうのが嫌で離れた人たちもいるだろう。
セルアウトした人間もいるだろう。
それが自分が都合の良い時だけ名前を出して自分の縁に戻そうとする。
アンダーグラウンドに近いラップってそんな感じで、閉鎖的な田舎のような独特の腐った感性がある。